現代の日本競馬のトレンドを眺めていると、なかなかに偏った状況が見えてきます。
2019年上半期の中央競馬G1(12レース、障害除)を勝った12頭のうち9頭が社台グループのノーザンファーム出身の馬であり、8頭がサンデーサイレンス系統(サンデー系)でした。
それは、まるで全国区のメガスーパーが地域の零細店を資金力やノウハウの差で圧倒し、日本全体の消費を牛耳っているかのような感じです。
そして、そのメガスーパーが出した大ヒット商品やその後継商品にみんなが飛びついている、そんな状況でしょうか。
これが歪だとか、けしからんとかそういう話をしたいわけではありません。
ただ、気が付けば、現代日本競馬も弱肉強食/優勝劣敗が激しく進んでいるという事実であり、競馬もやはりビジネスとしての側面を持っているということなのです。
前回、競馬を開催し、馬券を売って利益を生むという興業の面から捉えましたが、今回はその表舞台を支える軽種馬(サラブレッド)生産という面から日本競馬を分析してみようと思います。
<目次>
□上半期12個のG1のうち9勝したノーザンファーム
□最強の競馬集団・社台グループと日本の軽種馬ビジネス
□「サンデーサイレンス」の大ヒットと系統の広がり
□上半期12個のG1のうち9勝したノーザンファーム
6月23日に春シーズンを締めくくる宝塚記念が行われ、ハーツクライ産駒の牝馬リスグラシューが昨秋のエリザベス女王杯以来2つ目のG1勝利をモノにしました。
上半期のG1開催が終わり、振り返ってみて驚きました。
まずは以下の2019年の成績をまとめた表をご覧ください。
レース | 勝ち馬 | 生産牧場 |
フェブラリーS | インティ | 山下 恭茂 |
高松宮記念 | ミスターメロディ | Bell Tower Thoroughbreds |
大阪杯 | アルアイン | ノーザンファーム |
桜花賞 | グランアレグリア | ノーザンファーム |
皐月賞 | サートゥルナーリア | ノーザンファーム |
天皇賞春 | フィエールマン | ノーザンファーム |
NHKマイルC | アドマイヤマーズ | ノーザンファーム |
ヴィクトリアマイル | ノームコア | ノーザンファーム |
オークス | ラヴズオンリーユー | ノーザンファーム |
日本ダービー | ロジャーバローズ | 飛野牧場 |
安田記念 | インディチャンプ | ノーザンファーム |
宝塚記念 | リスグラシュー | ノーザンファーム |
冒頭に書いたように、この春にG1を勝った12頭のうち9頭が社台グループのノーザンファーム出身の馬でした。
特に大阪杯を勝ったアルアインから始まったノーザンファームの連勝記録は日本ダービーで途切れるまで7まで伸びました。
日本ダービーもサートゥルナーリアが1.6倍の断然人気、ヴェロックスが4.3倍の2番人気に支持されていたので、このレースを勝っていたら、宝塚記念のリスグラシューまで怒涛の10連勝になっていたところでした。
実はこの流れは今年に入ってから起きた話ではなく、2018年も似たような感じになっています。
以下は2018年の成績をまとめたものです。
レース | 勝ち馬 | 生産牧場 |
フェブラリーS | ノンコノユメ | 社台ファーム |
高松宮記念 | ファインニードル | ダーレー・ジャパン・ファーム(日高) |
大阪杯 | スワーヴリチャード | ノーザンファーム |
桜花賞 | アーモンドアイ | ノーザンファーム |
皐月賞 | エポカドーロ | 田上 徹(日高) |
天皇賞春 | レインボーライン | ノーザンファーム |
NHKマイルC | ケイアイノーテック | 隆栄牧場(新冠) |
ヴィクトリアマイル | ジュールポレール | 社台コーポレーション白老ファーム |
オークス | アーモンドアイ | ノーザンファーム |
日本ダービー | ワグネリアン | ノーザンファーム |
安田記念 | モズアスコット | Summer Wind Farm |
宝塚記念 | ミッキーロケット | ノーザンファーム |
スプリンターズS | ファインニードル | ダーレー・ジャパン・ファーム(日高) |
秋華賞 | アーモンドアイ | ノーザンファーム |
菊花賞 | フィエールマン | ノーザンファーム |
天皇賞(秋) | レイデオロ | ノーザンファーム |
エリザベス女王杯 | リスグラシュー | ノーザンファーム |
マイルチャンピオンシップ | ステルヴィオ | ノーザンファーム |
ジャパンC | アーモンドアイ | ノーザンファーム |
チャンピオンズC | ルヴァンスレーヴ | 社台コーポレーション白老ファーム |
阪神ジュベナイルF | ダノンファンタジー | ノーザンファーム |
朝日杯フューチュリティS | アドマイヤマーズ | ノーザンファーム |
有馬記念 | ブラストワンピース | ノーザンファーム |
ホープフルS | サートゥルナーリア | ノーザンファーム |
年間24レースのG1のうち、16レースがノーザンファームの生産馬でした。
社台グループである社台ファーム、社台コーポレーション白老ファームを含めると19レース、つまり約8割が社台グループ出身の馬となっていました。
もう少し長期の視点でみるため、5年ごとの全G1におけるノーザンファーム出身馬と社台グループ出身馬による勝利割合(占有率)を整理してみます。
2013年は日本ダービーを制したキズナが、三冠馬オルフェーヴルとともに凱旋門に挑戦した年でした。
この年のノーザンファーム出身馬によるG1勝利はヴィクトリアマイルを制したヴィルシーナと菊花賞を制したエピファネイア、ジャパンカップを制したジェンティルドンナの3勝にとどまりました。
ただ、皐月賞を勝ったロゴタイプ(社台ファーム)や天皇賞春を勝ったフェノーメノ、ジャスタウェイ(社台コーポレーション白老ファーム)などその他の社台グループの勝利もあり、グループとしては22レース中11勝を挙げ、占有率が50%となりました。
この5年前の2008年は、ディープスカイがNHKマイルカップから日本ダービーを連勝し、その秋の天皇賞で同馬とウオッカ、ダイワスカーレットの3強で争いウオッカが鼻差の激戦を制した年です。
この年のノーザンファームは、フェブラリーステークスを勝ったヴァーミリアンをはじめ、天皇賞春を制したアドマイヤジュピタ、阪神ジュベナイルフィリーズを制し名牝の道を歩み始めたブエナビスタなど9勝。
さらに有馬記念を制したダイワスカーレット(社台ファーム)やエリザベス女王杯を制したリトルアマポーラ(社台コーポレーション白老ファーム)などグループ全体で22レース中16勝を挙げ、占有率は72%でした。
さらにさかのぼった2003年は、スティルインラブがメジロラモーヌ以来の牝馬三冠を達成し、シンボリクリスエスが有馬記念を連覇した年でした。
この年のノーザンファームは、エリザベス女王杯を制したアドマイヤグルーヴの1勝にとどまり、グループ全体でも、皐月賞・日本ダービーを2冠したネオユニヴァースなど社台ファームの5勝を含め、21戦中6勝と占有率は3割を切っていました。
このように、生産者としての社台グループはその影響力を高めていったことが見て取れます。
□最強の競馬集団・社台グループと日本の軽種馬ビジネス
ここまで生産者としてのノーザンファームをはじめとする社台グループについて書いてきました。
そもそも、軽種馬(サラブレッド)ビジネスにおいては、色んなプレイヤーが介在します。
保有する繁殖牝馬に優れた種馬をつけて子馬を生む生産者。
子馬のポテンシャルを発揮するための育成者。
サラブレッドを保有し、レースで賞金を得る馬主。
などがあり、これ以外に馬主からサラブレッドを預かり、レース出走を含めて管理する調教師がいます。
社台グループの強さの源泉は、生産から育成、そして馬主を含めて全ての機能を持ち、トータルで強い馬づくりを進めてきた点にあります。
社台グループは1993年に創業者の吉田善哉氏の死去に伴い、旧社台ファームを会社分割し、その子息たちが経営する形となっています。
社台ファームは、創業者の長男である吉田照哉氏が経営し、北海道千歳市にある生産牧場のほか、日高町の「日高社台ファーム」、「社台ブルーグラスファーム」の施設のほか、馬主機能として「社台サラブレッドクラブ」「社台レースホース」の関連会社を持っています。
また、ノーザンファームは二男の吉田勝己氏が経営し、安平町早来にある生産牧場のほか、坂路をはじめ充実したトレーニング施設を備え、美浦・栗東のトレーニングセンターへのアクセスの良い場所にある「ノーザンファーム天栄」や「ノーザンファームしがらき」などの育成施設を備え、馬主としても、クラブ法人の「サンデーレーシング」などを抱えています。
特に近年、充実著しいのが育成におけるハード面・ソフト面です。
育成というと、調教師が育てる、というイメージがありますが、バブル期におけるサラブレッドの生産頭数の急増に伴い、調教師が面倒を見れる余地が狭まり、生産牧場側である程度育成をする必要が出ています。
調教師が馬を預かってからレースに出すまでの日数が短くなり、一から馬を育てるのではなく、基礎的な力を身につけた馬たちの最終仕上げやローテーション管理という意味合いが強まってきているのです。
2019年の桜花賞馬グランアレグリアも皐月賞馬サートゥルナーリアも、4カ月以上のレース間隔で勝利しましたが、調教師のもとでの調整を経ずとも勝ち切れるようなトレーニングが先に紹介したノーザンファーム天栄で行われています。
ノーザンファーム天栄は2017年に坂コースをリニューアルし、高低差が従来の28mから36mに伸ばすなどハード面の強化が目立ちます。
また、社台グループは、日本で初めて、昼夜放牧を実施したことでも有名です。
放牧時間を長くすれば運動量が増す上、メンタル面の強化などメリットがある一方で、飼育者の目を離れる夜間に放牧することは事故にもつながります。
このような昼夜放牧を円滑に進めるためのノウハウなどソフト面の研究も熱心に行っている点も注目に値します。
このような企業努力があってこそ、G1勝利をコンスタントに積み上げられるのだと感じます。
後半に続く。