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鬼滅の刃・煉獄さんの行動の謎ー”鬼滅”の映画の雑感

皆さん、劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」はご覧になりましたか?

スタホプレイヤーのツイッターでも「鬼滅の映画 泣けた!」という声がちらほら見受けられます。

公開からの3日間で興行収入は46億円、観客動員数は342万人というオープニング記録を打ち立て、その後も最速の興行収入100億円を突破するなど、映画史に名を残す社会現象となっています。

 

ちなみに、私も娘&息子と見に行きました。

そもそも鬼滅の刃は娘がドはまりし、その影響で私もアニメや漫画を見るようになったのですが、なかなかどうして面白いです。

 

そして、話題の映画は、ラストが泣けると評判でしたが、案の定の号泣。

その後もテーマ曲の炎(ほむら)が流れるたびに、煉獄杏寿郎の熱い生きざまを思い出して涙ぐんでしまいます。

 

MOMO
ここからは映画や作品のネタバレを含みますので、ご注意ください

 

恐らく近いうちに再度、映画館に足を運ぶことになりそうですが、煉獄さんのことを想うたびに、ふと頭に浮かぶことがあります。

 

煉獄さんはなぜあのときに命を落とさなければならなかったのか?と。

 

もちろん、話を盛り上げるため、ストーリーにとっては必要だったというのはわかります。

 

ただ、わたしには煉獄さんの死に不可解な点を感じてしまいました。

 

煉獄さんは下の隊員たちの面倒見もよく、誠実で高い倫理感を持ち、自らの責務を果たそうとする責任感も強いアニキ分です。

 

そんな彼の上に立ち、指揮しているのは鬼殺隊という組織のトップを務めるお館様産屋敷耀哉)なわけですが、こいつの無能ぶりがわれらの煉獄さんを死に追いやったように思えるのです。

 

今回の記事は、”鬼滅”の映画を見た人を読者対象として、親方様がなぜ無限列車編における戦犯といえるのか、という考察を書いていきたいと思います。

 

何を言っているんだ、と後ろ指を指されそうですが、どうか私の話に最後までお付き合いくださいませ。

 

鬼殺隊とは何か?

親方様という存在を語る上では、炭次郎や煉獄さんが所属する鬼殺隊という組織をきちんと理解する必要があろうかと思います。

 

鬼殺隊とは、人を食らう鬼を滅する力を有した剣士らで構成される政府非公認組織です。

 

この剣士の発掘と育成は全国の至るところにいる「育手(そだて」と呼ばれる剣士の育成者がその才能を見出した若者を育てて、最終選抜に送り込み、隊員を補充している形です。

 

常人離れした力があるうえ、回復能力もある鬼に対して、いくら鍛えたからといって生身で闘うということはかなりリスクが高く、作品上でも命を落とす剣士が後を絶ちません。

 

この辺については、ピクシブ百科事典の説明が詳しいので引用します。

 

隊士の卵達は大抵がまだ十代前半の少年少女たちで、それでいて育手による修練は下手をすれば命を落としかねない程の過酷さであり、最終選別では十数匹の鬼が囚われた藤の花の結界内で七日七晩生き残らなければならず、命懸けの修練を乗り越えても通過率(生存率)は三割以下と非常に厳しい。修練・選別ともに死者が後を絶たない凄絶なまでの苛烈さだが、この選別を抜けられないようでは、どの道、任務遂行における生存確率は皆無に等しい事を意味する。

出典:みんなでつくるpixivの百科事典 鬼殺隊

 

 

この組織を取りまとめている存在が産屋敷家の当主であり、「お館様」と呼ばれています。

お館様自身は鬼と闘う力を持ちませんが、剣士たちの任務指示など隊の管理業務を行っています。

 

映画の舞台となった無限列車へ、鬼殺隊の戦力の要である「柱」の一人・煉獄さんや炭次郎たちに向かうように指示を出したのもお館様です。

 

■煉獄さんの死に思うこと

ここから映画の内容に踏み込んでいきます。

煉獄さんと炭次郎達は無限列車で人を食らおうとする鬼を葬り、任務を果たしますが、その直後に強力な鬼(上弦の鬼・猗窩座)の奇襲を受けたものの、煉獄さんは文字通りに命を賭して、皆を守りぬいたというのが話の筋書きです。

 

まず予めお伝えしておくと、私は煉獄杏寿郎が大好きであり、彼を非難するつもりは毛頭もありません。

 

その上で、彼がとったあのときの行動は果たして正しかったのかが疑問なのです。

 

この場面における有名なセリフとして、

「俺は俺の責務を全うする。ここにいる者は誰も死なせない」

というのがあります。

 

煉獄さんの一連の行動を見ると、上記のセリフにおいて「ここにいる者」には煉獄さんが含まれていないように感じます。

 

つまり、煉獄さんはあまり自分の命に執着していないのです。

他の柱(宇随天元など)も、自分の命を優先順位の一番下において行動することを信条としています。

 

そして、映画の情報だけだと分からない話なんですが、今回、奇襲を受けた上弦の鬼たちには何人もの柱級の人材の命が奪われています。

※別の上弦の鬼(堕姫&妓夫太郎)には二人だけで柱を22人もやられています

 

「上弦の鬼は100年以上顔ぶれが変わっていない」というのは映画の中でさらっと出てきますが、これはつまり上弦の鬼には100年以上勝てていないうえ、柱級ですら死亡者も多数なのです。

 

こんな危険な相手に対して、煉獄さんは真っ向勝負を挑んでしまっています。

もちろん、彼が自分の強さに自信をもった上で生来の性格がそうさせてしまったという見方もできます。

 

ただ、あまりにリスクが大きすぎる戦いでした。

できることならば、煉獄さんにはこの危険な敵に対して、逃げながら闘ってほしかった。。。

彼は炭次郎たちに手出し無用の指示こそ与えたものの、退避指示は出しませんでした。

また、ドラゴンボールZにおける悟空とベジータの初対決のように、誰もいない安全なところへ場所を変えるようなこともしていません。

 

真っ向から撃退する気マンマンなのがツライ(笑)。

 

もちろん、敵の圧倒的な強さの前に、逃げることすら叶わなかったという面もあるでしょうし、物語の進行上、煉獄さんが死ぬ前提で炭次郎たちに闘いの一部始終を見せる必要があったのかもしれません。

 

無粋かもしれませんが、煉獄さんはみんなを守りつつ、自分が生き残るために行動すべきだったのではないでしょうか(それが叶わないにしても)。

 

煉獄さんは冒頭にも書いたように、誠実で高い倫理感を持ち、自らの責務を果たそうとする責任感も強いアニキ分です。

 

任務に忠実に行動した結果なのでしょう。

 

煉獄さんにこのような行動をとらせてしまった原因は、お館様の任務の出し方に問題があるのではないかと思います。

 

お館様は煉獄さんに何を指示するべきだったのか

では、お館様の任務の指示はどのようにすべきだったのでしょうか。

 

一つは、上弦の鬼と柱単体で遭遇したら、退避最優先すべきという点です。

 

何度でも言いますが、上弦の鬼と闘った場合、足元100年で勝率0%です。

過去のバトルでは何人で上弦の鬼とぶつかったのかはわかりませんが、少なくとも1対1で闘うべきではありません。

 

ましては今回は奇襲です。

お館様は全隊員に対して、複数人の柱を伴った戦闘でない限り、上弦の鬼と遭遇したら退避を最優先せよ、というお触れを徹底すべきでした。

 

ちゃんと事前に言っておけば、責務に忠実で責任感のつよい煉獄さんが勝手なマネをするわけがありません。

 

煉獄さんの件に限らず、鬼殺隊の当主(お館様)は貴重な戦力を失うことに無頓着すぎます。

 

このあたりの問題意識を共有している記事を発見しました。

https://tsutsumikun.hatenablog.com/entry/2020/10/21/225110

この方が指摘していることは納得感のあることばかりです。

 

特にこの方の提言に以下のようなものがあります。

 

鬼殺隊にとっての最大のリスクは、育成に時間がかかる柱や柱候補が、うっかり上弦の鬼等に遭遇して死ぬことである。それを防ぐためにも、やはりナルトという先行者に学び、スリー、もしくはフォーマンセルを行動単位とするのが望ましい。そうすれば、チームワークで鬼と戦うスキルも上がるであろう。

出典:【鬼滅の刃】鬼殺隊のホワイト化に向けたご提言

実際、後半の闘いは複数人の柱による連携で上弦の鬼を次々と撃破できています。

千年も続いている組織なんだから、最初からちゃんとやれよ、という気持ちで胸がつぶれそうです。

 

いうなれば、煉獄さんは戦闘能力も高く部下からの信頼も厚い優秀な中間管理職でしたが、無能なトップによって、つぶされてしまったのです。

 

このあたりの悲哀も大人がアニメをみるからこそ感じる楽しさなのかもしれませんね。

では。

 

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